住職のひとりごと(令和4年10月7日)

十三夜に寄せて

 お月見といえば十五夜が広く一般に知られており、中秋の名月とも言われている旧暦8月15日のお月見のことで、今年の十五夜は9月10日(土曜日)でした。他にも十三夜というお月見の行事があります。十三夜とは十五夜の後にやってくる旧暦9月13日のお月見で、今年の十三夜は10月8日(土曜日)です。
 十五夜は中国から伝わったと行事と言われていますが、十三夜は日本で始まった行事です。十五夜の月は満月ですが、十三夜の月は満月が少しかけた(二日後に満月を迎える)形をしていますが、十五夜に次いで美しい月と言われています。十三夜の月が愛でられるのは完全ではないもの(満月に欠けた月)に美を感じる日本独特の文化でしょうか。
 話は変わりますが、浄土宗総本山知恩院の御影堂を少し離れたところからその瓦屋根を望むと、大棟の中央に4枚の瓦が置かれていることに気づきます。立派な棟に似合わないこの4枚の瓦。御影堂が竣工した時に当時の名工左甚五郎があえて残したままにしたと言われています。「満つれば欠くる世の習い」—満月になった月がやがて欠けていくように、栄華を極めたものはやがて衰退に至る—という意味の故事にちなんで、わざと瓦を置くことで、まだ知恩院が発展途上であることを示しているのです。
 十三夜の月もまだこれから満ちていく途中であることが愛でられているのではないかとも思います。当山は月見山、鎌倉時代末期に花園天皇がこの松本付近でお月見をされたことからつけられた山号と古文書にありますが、花園天皇のお月見は、十五夜であったのかそれとも十三夜であったのか。
 浄土宗宗歌となっている法然上人のお歌「月かげ」
『月影のいたらぬ里はなけれども ながむる人の心にぞすむ』
月影とは月の光、阿弥陀様のお慈悲の教えを指しています。阿弥陀様のお慈悲の教え(光)は、あらゆる所を照らして下さっているが、その光をながめなくては、そのお慈悲の教えに気づくことができないのです。その光をながめることによって、お慈悲の教えが私たちの心の中に住み着き、私たちの心を澄みわたらせて下さるのです。
十三夜の月見をしながら『南無阿弥陀佛』とお念仏をお称えし、報恩感謝の気持ちを新たにしたいものです。